webmaster's Private Room
| 管理人が舞台裏で聞いたこと、感じたことを書き綴っています。 気が向いたときしか書きませんが時々覗いてもらえるとうれしいです。 |
00年9月15日
久しぶりに舞台を努めた。名古屋芸術ホールは毎年お声がかかるのでありがたいのだが困ったことがある。 毎年のことだが憂鬱になる。舞台が終わるとメンバーはその話題でもちきりとなる。ま、それは後ほど書くとして。 11人編成のバンドに今年は我がバンドから4名、SAX3名、Piano1名が参加した。残りはプロの人達だ。 我々アマチュアバンドのメンバーとしてはプロに混じって演奏をするというだけで緊張するものだ。それにこのホール。 ステージから客席を見ると、4階席までが扇型に舞台を取り囲む形で目の前にそびえ立っている。 つづく・・・
00年9月14日 【Who are you】その3
前回の続きだが
日本人は外人のユーモアやジョークを解さない人が多い。言葉を理解できないからという理由だけではないような気がする。
同じように、外国の音楽JAZZの感じ方というのは全く違うのではないだろうか。
JAZZコンサートに来ているお客さんは一体何に感動するのだろうか。
JAZZ評論家の意見に左右されているだけではないのかと思ってみたりする。
尻すぼみで終わってしまうその3。続きは次の機会に・・・
00年8月26日 【Who are you】その2
8月22日の典型的なブラックジョークを読んで大笑いしたという感想をもらって舞台裏の筆者としては非常に嬉しい。
でも、本当に考えてほしいのはこれから書く部分なんだよな。今までの話はそのための前フリ、プロローグってやつなんだな。
客席の様子がモニタースピーカーを通じて舞台裏まで聞こえてくる。ここだからバラしちゃうけど話し手は「永 六輔」である。
話し手は観客の反応を見ながら話を進める。六輔さんはかなり早口で、話の「間」を空けずに機関銃のように次から次へと喋る。
他の講演者より言葉が多いのは説明の部分が多いからだと気が付いた。
多分、この人くらいのベテランになると観客の年齢層に合わせて説明の部分を付け加えたり削除したりするのだろう。
例えば、今回は中高年の観客が多かったせいか、Who are youジョークを話すときに英語の意味を説明しながら話していた。
六輔さんが某総理の失敗談を話しているのは観客の誰もがわかっている筈である。どこかで「オチ」があるらしいことは容易に
想像できる筈である。この場合の「オチ」というのは某総理が「Me too」という個所ですね。
六輔さんの言葉数が多いのは全てこのオチの瞬間を効果的に盛り上げるために、英語がわからない人にも笑ってもらうため
なんだなと思ったのである。話し手にとってここぞという時に「ドッ」と沸くのは気持ちいいもんだろうな・・とも思ったりした。
で、観客がドッと沸く最初のポイントとしては、クリントンさんが「I am ヒラリー’s husband」って言ったときでしょう。
しかし、ここでの笑いは「ほぉ〜、クリントンもなかなかやるのお」という彼の切り返しのうまさに感心した笑いといったところでしょうか。
ここでゲラゲラと笑ったらかえって可笑しいですわな。(さすがにそんな人はいなかったが・・)
いや、そうとは言い切れません。勘の鋭い人や読みが早い人は次に来る某総理のセリフ「Mee too」というオチを予測できるはずです。
まあ、間髪を入れずにオチを読んで笑うのは無理としてもですよ、六輔さんが「私はヒラリーの夫ですと答えたのですね。奥さんの
ヒラリーさんも有名な方ですから、世界で一人しかいないその方の旦那さんだと言えば総理も解ってくれると思ったんでしょうね・・・」
と長々と解説をしているんだから、その間に一人や二人くらいはオチに「Mee too」が来るな・・くらいは読むでしょうに。
勘のにぶいこの私でさえ解ったんですから。
ところが会場はシーーーンと静まっている。
「某総理はクリントンさんが言ったI am ヒラリー’s husbandの意味がわからないので側近が教えた通りに『Me too』と言ったん
ですねー」と、六輔さんが話した瞬間にドーーーッと笑いが来るはずなのに会場からはクスクス・・くらいの笑い声しか起きない。
「今のはなんで面白いかというと・・・」ってな感じで六輔さんが説明をし終わると、やっと会場からドッと笑い声が起きる。
さぞかしやりにくかったろうなあ、永 六輔さん。
みんな、ちゃんと聞いてるのかいな。それとも感性が違うのか・・・
というわけでいよいよ本番に続きます。
00年8月22日 【Who are you】その1
私の地域に祭囃子保存会というのがあって、そこで20年来笛を吹いている。
町内に9の集落があって、それぞれが祭り屋形と獅子舞をもっていてそれぞれが少しずつ違っている。
ルーツを辿ればみんな伊勢神宮に行き着くらしいが、なにしろ口伝えで伝承されてきたのだから何十年も経つうちに違ってきても無理はない。
わが集落の獅子舞というのが本人が言うのもおこがましいが、他より際立っているらしくて、最近ではあちこちのイベントからお呼びがかかるようになってきた。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが、先日も扶桑文化会館で獅子舞をやったときのことである。
某有名人(遠くへ行きたいの作者)の公演をやっていて、控え室のモニターで聞いていたのだが、おもしろいことを言っていた。
これぞ「舞台裏ネタ」ということで、書いておこう。
但し、これはマスコミにはオフレコということで、新聞ネタにはなっていない(と本人は言ってた)らしいから他言無用にしてくださいね。
まあ、オフレコ・・と言いながら公演で喋ってるんだからここで書くくらいはたいしたことはないでしょう。但し、多少脚色してあります。ははは
わが国の総理大臣の発言はになにかと物議を呼んでいますが、ことによっては国際間の問題に発展するような発言がなされていたという。
問題には発展しないだろうけど笑い話のネタとして後世に語り継がれると思うな。そういう意味ではみんなが知らない今が旬ってとこか・・。
沖縄サミットでクリントン大統領を迎えたときの話である。
わが国の総理は英語のほうはからきしダメらしい。
しかし、一国の総理ともなれば外国のVIPと会った時に相手の国の言葉で挨拶をするくらいは礼儀であろう。
現に、各国の首相が来日した時も「こんにちは」くらいは喋っているではないか。
「俺は日本人だ。日本語で喋って何が悪い」と譲らない総理に、側近達は困り果てて
「総理、簡単な英語の挨拶を教えますからこれだけで結構ですから喋ってください。」と言って教えたのが中学校で初めて習う挨拶文
「How are you」これを総理が言ってください。
「Fine thank you and you?」たぶんクリントンはこう答えるはずです。そうしたら
「Me too」と答えるだけでいいですから・・・これくらいなら総理でも喋れるでしょう(と側近が言ったかどうかは知らないがだいたいこんなやりとりがあったと想像できる)
さて、サミット当日。クリントンを迎えて握手をしながら総理は側近に教えてもらったとおりの挨拶を言おうとした。
が、普段喋り慣れていない付け焼刃の英語のうえ、発音までは練習する時間がなかったのか、間違って覚えていたのかしらないが
「Who are you」と言ってしまった。(^^ゞ少なくともクリントンにはそう聞こえた。
驚いたのは当のクリントンさんである。 「へ??(@_@)」なんてとこだったのだろうな。早くマスコミ映像が解禁にならないかな。
クリントンさんの困った顔がみてみたいものです。もしかしたらムッとしたかもしれない。或いは日本の総理もジョークがうまいのぉ、なんて
思ったかもしれない。
しかし、そこはユーモアとウィットが生活に流れているアメリカ人である。
周りにマスコミもワンサカいるしヘタなRESはできない。俺はユーモアとウィットを解するアメリカ人である。ジョークにはジョークで応戦しようと思ったのか知らないが、こう答えた。
「I am ヒラリー’s husband」・・クリントンさんは苦し紛れに言ったにしてはいい出来だ。レディファーストの国にふさわしい回答ではないか。
しかし、英語の意味も、ましてやクリントンさんの胸中など知る由もない総理は側近に教えられたとおりこう答えた。握手をしながら精一杯の笑顔で・・
「Me too!」
即座にマスコミに緘口令が敷かれたのは言うまでも無いでしょう。
アメリカ大統領夫人を寝取った男もたいしたもんです。あとはクリントンさんがミサイル発射ボタンを押さないことを願うばかりですね。はは
・・・・8月26日に続く・・・
00年8月11日
バンマスが交替した。それに伴ってこのページもウエブマスターの部屋に変えることにした。
思えば江口君がバンマスを退いてから10年以上も努めてきたことになる。
とは言ってもバンマスらしいことは何一つできなかったのが悔いが残る。
しかし、これで演奏に集中できるのは嬉しいことだ。
そういう意味でも今度のライブは本当に楽しみだ。
あと何年楽器が吹けるんだろうか。吹けなくなったら本当にNET活動に専念するのもいいかな。
00年1月29日
あっという間に一ヶ月が過ぎようとしている。思えばY2Kで暮れY2Kで明けた一ヶ月だった。 エーコンズの活動はと言えば、6月にマネージャーの娘の結婚式と暮にPHPのダンスパーティーの演奏くらいだった。成果といえば、このHPを通じてメンバーになった人が数名できたことか。
99年2月17日
BAND
MANは早く死ぬという話は仲間うちでよく聞く。昨年亡くなった恩師、鈴木尚さんは60歳だったが、60歳という年齢がバンドマンとして長命かどうかは別として
彼らは若い頃から酒、女、、で不摂生しているから仕方ないかと思っていた。若い時期にやりたいことを全部やってしまったんだから本望だろうなと思っていた。今年1月に級友の江口が突然に死んだ。享年47歳。肺ガンだった。やりたいことをやり尽くして満足な顔をして死んで行く人間なんているのだろうか。
お通夜に、菊の花とマルボロに囲まれて眠る彼の顔を見たら何か言いたそうだった。何が言いたいんだ、何か喋ってくれよ。俺達親友だったんだろ!
エーコンズのメンバーだっただけでなく、彼とは古い付き合いだっただけに私のショックも大きかった。葬儀から1ヵ月が過ぎたが、人の一生とは何だろうとずっと考えてきた。彼と音楽、そして私との関わりを思い出しながら書き残しておきたいと思う。今の私に出来ることといえばこんなことくらいしかない。
彼とは中学、高校、大学と一緒に音楽をやり、一緒にエーコンズに入り、彼がバンマスをやった。
中学、高校時代はブラスバンドで彼がトランペット、私がクラリネットを吹いていた。
町長が弔辞を述べてくれたよ。文化会館の発展に力を注いでくれたって感謝してたよ。聞いてて泣けてきた。でも本当は僕が代表で別れの言葉を述べたかったんだ。
君がどんな偉い人の弔辞よりも僕の弔辞を望んでいるような気がしたし、僕もせめて別れの言葉くらいは親友らしく代表で述べるべきだったかもしれない。そうすれば葬儀に参列している誰よりも僕が悲しんでいることはみんな解ってくれたろう。でもいいんだ。僕が喋ったらきっと途中で泣いてしまって葬儀が台無しになってしまっただろうからね、あははは。なんだか寂しいよ。
君の訃報は君の職場の天ちゃんが知らせてくれたよ。彼は僕たちが親友だってことを知っている人だからね。僕は頭の中が真っ白になってしまって何をすべきか思い浮かばなかったよ。これでも我が家では爺チャン、婆チャン、親爺と3回も喪主を務めてきたんだよ。一番最後の婆チャンが死んだ時なんか坊さんの手配から仕出し弁当の数まで冷静にやってしまったくらいだからね。でも君の死を友達に伝えなきゃいかんと思いついたのは1時間も経ってからさ。何してたんだろうね、情けないよ。
友達に電話しながらふと気がついたんだ。前のかあちゃんと子供たちは君の死を知ってるんだろうかって、、、。誰か教えてやったんだろうかって、、、。
あちこちの友達に聞いてやっと前のかあちゃんの住所を知り、電話をしたらお姉ちゃんの方が出たよ。小さい頃、僕の一人息子と遊んでくれたさやかちゃんの声だったよ。
「あ、間宮さんですか。お久しぶりですね。」って落ち着いた話し方するんだよ。長いこと会ってないからきっといい娘さんになったんだろうな、、と思ったら僕の口から出た言葉は、「本当に久しぶりだね、みんな元気ですか」だよ。一刻を争う事態なのにバカだね僕も。あははは。
次の言葉がみつからなくて、僕は「あのー、知ってる?」と言ったきり黙ってしまったんだ。だって、さやかちゃんには新しいお父さんがいるかもしれないから君のことをどう呼んでいるのか想像できないものね。
そんな僕の気持ちを察してか、さやかちゃんは「お父さんのことですね、知ってます。きのうみんなで病院へ行ってきました。今は母があちらの家へ行ってます。」
そうか、まだお父さんと呼んでいるんだ、、、。
僕は「こんなことになって、、、寂しくなるけど頑張ってね。」としか言えなかったよ。君は頼りにされてたのか?、娘たちに、、
さやかちゃんは言ったよ、「ありがとうございます。間宮さんも気を落とさないでくださいね」って。君の娘は立派な大人になったよ、うらやましいくらいだよ。
親はなくても子は育つってやつか、このやろう!安心して天国へ行ったか。
98年7月12日
98年7月5日
98年
97年11月23日
帽と子ひげのトレードマークで知られ、中部ジャズ界の「顔」であるフリューゲルホーン奏者の鈴木
尚(ひさし)さん(60)=名古屋市千種区=が20日夜、岐阜県益田郡萩原町であったチャリティーコンサートに出演し、ファンに胃がんであることを告白した。ほぼ一ヶ月の入院生活を経て、初のステージ。抗がん剤の副作用に耐えながら精一杯の演奏を披露し、魂を揺さ振るような音に聴衆に熱い感動が広がった。
高校卒業以来、プロとして演奏活動してきた鈴木さんは「健康診断などは受けたことがない」ほどの健康体だった。しかし今年八月、名古屋市内の病院コンサートの打ち合わせの際、医師の勧めで検査を受け、病気が発覚。胃の上部のがんは肝臓に移転しており「このままなら半年から一年」との告知を受けた。
九月末の岐阜県瑞浪市のコンサートを最後に、海外ツアーを含む年内の出演予定をすべてキャンセル。
名古屋私立大付属病院に入院し、10月8日に開腹手術を受けた。
症状は予想以上に重く、予定していた胃などの摘出手術は断念した。鈴木さんは「どこまでやれるか分からないが、だめになるまでやろう。そう思ったら楽になった」と話す。今月初め退院した。
金管楽器の演奏は腹筋が命。切開の位置にも細かく注文を出したが「気持ちはあっても、イメージどおりの音は出なくなった」。首筋に入れたチューブから、一週間おきに抗がん剤の投与も続けている。体重も10キロ近く減った。
鈴木さんは萩原町でのコンサートには昨年も出演しており、今回「心配をかけたファンに、顔だけでも見せたい」と、キャンセルを撤回した。
一曲目の「ソンク゜・フォー・マイ・ファーザー」での激しいソロに続き、童謡の「七つの子」と「しかられて」。抗がん剤の副作用の激しい下痢と胃の鈍痛に耐えながらの演奏だった。
涙をぬぐいながら見守る関係者の姿もあった。
「胃がんなんです」と告白した鈴木さんは「演奏できることがこんなにうれしいとは。一から出直すつもりで頑張ります」とあいさつ。「来年はビートルズメドレーをやります」と一年後の再開を約束した。
「一日一日が大切」という鈴木さんは、今後もがんと闘いながらステージに上がる。12月15日には、名古屋市の大須演芸場で再起記念のチャリティーコンサートが予定されている。
97年9月17日
こちらはテンポについては細心の注意を払って出しているんだ。酔っている人(酒に)は正規のテンポより遅くなる傾向にあることも考慮しているんだよ。
歌い手が少しでも歌いやすいように気を使っているつもりだ。初見のC面で神経使ってるんだ。それをお構い無しに「私はバンドを自在に扱えるんですよ」
「こういう風にやるとプロらしくてバンドにナメられないですよ」「こっちは金払っている客だから好きなように使ってやればいいんですよ」・・という顔
をしている。(歌を聞くとそうとしか思えない)。そんなんをやられると大概はプッツンとくる。僕たちはあんたの思い通りになる奴隷か!。
演奏は僕たちに任せておけばいいんだ。「俺たちにテンポを出すなんざ10年早いわ!」万一、多少テンポが違っていても、それなりに違う味が出るはず。
70のテンポが65になったからってあんたの実力が発揮できない程の腕前か。大体そんな繊細な神経を持ち合わせているような顔してないでしょ。
「いいでしょう。あんたの出したテンポとおりにやってやろうじゃないの」「あんたか゜不用意に出したテンポがどれだけ僕たちのプライドを傷つけたか、
そしてそれがどういう形で自分に帰ってくるのか身を持って思い知るがいい! 因果応報じゃ!」・・・・一旦そうなるともう大変。
飛ばす。飛ばす。超、前のり。ドラムさん、お願いだからついてきて、僕の気持ち解って・・
曲が終わるとメンバーが聞く「さっき何か怒ってた?」。・・・・皆、よく解ってくれてます。
97年8月30日
9/23.24は船の仕事がはいった。今度はデジカメを持っていってレポートしよう。
これは便利というものを発見しました。ちょうど近々7桁郵便番号への変更について研修会があって職場のシステムも変更しなくちゃいけないんです。
一足お先に載せてみました。
| 7桁郵便番号検索郵便番号または地域名で検索できます。
(郵便番号は半角、地名は漢字で記入してください) |
97年7月16日
私個人は今月は毎週日曜日がスケジュールで埋まっているんですがそんな仕事でもいいことがあるんですよ。
先月名古屋で東山音頭という曲の吹き込みをした時ベースと仲良くなりメンバーに引っ張るのに成功したんです>
丹羽君、よろしくね・・・7/20日は小牧の健康ランドでショーがあります。老老男女で一杯、でもステージの暑さにはまいります。
97年2月28日
97年2月26日
突然のメールで失礼いたします。 当社はマルチメディアタイトルを製作している企業でインナーブレイン株式会社と 申します。 2月28日全国パソコン店にて「INTERNET 運命の出会い」というタイトルでインターネ ット上の出会いができるURL集のCD-ROMを発売することになりました。その中で貴殿 のホームページがコンセプトに見合う素晴らしい作品で、かつ評価が高かったので、 作品を含む他約3000サイトをご紹介させていただき、掲載させていただきましたので ここにご連絡をさせていただきます。素晴しい出会いの場を一人でも多くの方に知っていただきたいという趣旨のもとこの URL集を製作をさせていただきましたが、掲載するにあたりご理解をいただければ幸 いでございます。ご理解ご協力のほどお願い申しあげます。
******************************************* インナーブレイン株式会社 E-mail : innerbra@scan-net.or.jp 〒160 新宿区新宿2-15-22-4F 電話 03-3351-5171 FAX 03-3351-5172 ******************************************** 追伸: 日経クリック4月号とCD-ROMfan4月号に本タイトル「運命の出会い」が 掲載される予定です。どうぞごらんくださいませ。
97年2月20日
こんな重たいページでも見に来てくれる人に申し訳ない気がする。近いうちにもっと軽くしたい。
先日JAZZ IN NAGOYAの鈴木尚さんが扶桑文化会館でコンボ演奏したので聴きに行った。観客があまり大人しく聴いているので鈴木さん、やりにくそうだっ
た。終わって楽屋を尋ねたらすごく喜んでくれて今度一杯飲む時は必ず連絡するということで別れた。
97年2月8日
メンバーのスキャンダルはそのうち書くとしてとりあえず自分の日記形式で思い付いたまま書き込むことにしよう。女性のホームページみたいでなんだかなー
ポリシーもアイデンティティも無いページだということがバレてしまったか・・・・一体どんなページになってしまうのやら先が思いやられる。
でも、女の人って本当にマメだよね。毎日日記を更新してるんだから。ホームページって基本的に女性に向いてるんじゃないかと思ったりする今日この頃。
そういえば足立君(アニー)がホームページを開設するらしい。今日もアクセスカウンターがどうのこうのとメールで質問を送ってきた。仕事中にプライベートなメー
ルを送ってこないでほしいよ(僕もすぐ返事書いたけど)。もったいぶって教えてやったけどちょっと気分がよかった。なぜならいつもはハーモナイズがどうの
ドミナントアプローチがどうしただのと理詰めでこられるとどうしても負けてしまう(最初の頃は「てやんでーこちとら味で勝負のミュージシャンだい」と頑張ってい
たけど)。