「耳でみる世界」 (これは一応フィクションです) ------------------------------------------------------------ 「ランドマークってありますよね。目で見る目標物ですか。」 「私は音のランドマーク、サウンドマークがあると思います。」 「目が見えなくなったからといって失ったのではなく可能性が広が ったのだと思っています。」 「失ったものもあるけれどそれだから得たものもある。」 ------------------------------------------------------------ 「耳でみる世界ですか。」 「そう、耳でみる世界というのもあるみたいだ。一年前から目が見 えなくなった人の話を聞いたのだけれど。目が見えなくなってすぐ は2Dの世界だったのに、一年後には3Dの世界になってきている らしい。」 「ステレオみたいなものでしょうか。」 「この人は音の認識のようなものの研究者をしているみたいで、目 が見えなくても左右の耳から入ってくる音のずれからまわりの壁と の距離がわかるという話をされていた。そこから発展させて仮想的 な壁を音だけから作るという話になってたね。」 「壁までの距離がどうやってわかるのですか。」 「体の左側から音が出ている場合、近い耳、左耳にまず音が伝わる。 右耳にどう音が伝わるかだけれど、右手側に壁があると音が反響す るよね。右耳にはこの反響音が入ってくるわけだ。ただ壁を反射す る方が音源からの距離が当然遠いので時間がかかる。すると左耳の 聞く直接音と右耳の反響音で時間差が起きる。この時間差が何を表 すかというと右手側にある壁までの距離を表すことになる。」 「仮想的な壁とはなんでしょうか。」 「それこそヘッドホンステレオみたいなものだね。目隠ししてヘッ ドホンつけて左右の耳に入る音に時間差を作ってやる。それで少し 右に進むとこの時間差が小さくなる。左に進むと時間差が大きくな る。すると音のずれだけで右側のどれくらいの距離に壁があるなぁ ということがだいたいわかるみたい。本当に壁があるわけではない のにね。」 「音で壁を再現しているわけですね。だから仮想の壁。」 「この人の勤めている場所には部屋の隅に小さい噴水を備え付けて 自分が部屋のどの場所にいるかということをわかるようにしている そうだ。あとはガラスの引き戸のついたラックは開放して音が反射 し過ぎないようにしたり、プリンタを箱に入れて音が出ないように したり。そういった工夫をしていた。」 「音で部屋の空間を認識できているわけですね。」 「音で3Dにみえるのは慣れている部屋だけではないらしい。外の 多分初めて行った場所であっても音の反射からいろいろなことがわ かるみたいだ。ここは狭い、天井が高い、右手側に空間が広がって いる、ごちゃごちゃしている、排気口がある、人が大勢いるなど。 前々から僕は思っていたのだけれど耳で聞く音から再現した3Dは 目で見る光から再現した3Dよりも立体認識に優れているのではな いかと思う。」 「音と光の違いですね。」 「そうだね。光は直進する。だからその光路をさえぎればもう見え ない。壁1つあれば壁の向こうに何があるかはわからない。音であ れば壁の向こうでも空間がつながっていたり、壁が音を伝えたりす れば向こう側もわかる。真空とかで囲まれていたら音もダメだけれ どね。音の方が優れていると言ったけれどどちらも本当の意味では 3Dじゃないと思うけどね。いわばなんちゃって3Dかな。」 「なんちゃって3Dですか?」 「その話はまた今度にしよう。この目が見えない人の目標は音のア ミューズメントを作ることなんだってさ。愛知県にある電気の科学 館のバーチャル男爵の館を思い出したね。あれは映像と音両方だけ れど。」